部下の結婚式にて

先日職場の部下の結婚式に招かれて出席した。

昨今は職場にも高齢化の波が押し寄せ、若い人が減っているせいなのか、はたまた今時の若者は自分の結婚式に会社関係の人間は呼ばなくなってしまったのか、よくはわからないが私自身こういうおめでたい席への参列は実に久しぶりである。

新郎も新婦も同じ企業グループの会社に勤めているため、当日会場も見渡しても会社関係の見知った顔ばかりで興ざめであったが、何はともあれ若い二人は、6月の佳日に東京駅近くのビルの11階にあるウェディングホールのチャペルで愛の契りを交わした
まぁ若いといっても、私の部下の新郎の方はすでに40歳を超えた立派なオッサンなのであるが。

式場内のチャペルで結婚式がつつがなく執り行われ、暫しの休憩の後、披露宴が始まった。
タキシードに身を包んだ新郎と純白のドレス姿の新婦が入場し、お決まりの参列者による写真撮影が落ち着いたのち、まず新郎が挨拶をした。
内容は参列に対するお礼と今後の二人の抱負などについてのごく簡単な挨拶なのだが、途中で突然新郎が絶句し、暫く沈黙の時間が流れた。

参列者から思わず「えぇー、マジ?」という低いため息が聞こえた。
同時に「がんばれー」という激励のエールも飛んだ。

幸いにも暫くして新郎は立ち直り、思い出した挨拶の続きを何ごともなかったかのように淡々と述べ、気の重いイベントはひとまず無事に終わった。

私は「彼らしいな」と思い、ある意味微笑ましく感じたが、後から新郎に聞いたところによると、披露宴のあとに彼のお姉さんから「あんた、いい歳してあんな簡単な挨拶もまともに言えないの?ほんと情けない。」と罵倒されたそうである。

私も新郎のK君とは同じ職場になってまだ一年ほどしか経っておらず、しかもプライベートの話はあまり聞いたこともないので、彼の素性について詳しいことは殆ど知らない。

K君は職場でも口数が少ないことで有名であり、仕事上必要なことも、こちらから聞かないとしゃべらないこともあるくらい寡黙の人である。
下の者にも強く説教したり、深く干渉することもないため、「管理職には向かない」とあからさまに彼を非難する者もある。

なんでも両親を早くに亡くし、かなりの苦労人だという噂だけは聞いている。
そんな生い立ちが彼を寡黙にしたのか、元々の性格なのか定かではないが、K君が温かい家庭というものに強い憧れと欲求があったことは想像に難くない。

ちなみに二人が仲良くなったのは、たまたま新婦が飼っていた犬がテレビに映る機会があり、その放映を見たK君が新婦に話しかけたのがきっかけだそうである。

式はプログラム通り着々と進行し、新婦はお色直しでラベンダー色のドレスに着替え、手にはピンクのブーケを携えて再び披露宴に花を添える。
私もフレンチのコースに合わせて白ワインを楽しんでいるうちにかなり酔いが回ってきた。

メインディッシュの後のデザートのタイミングで中座し、レストルームの鏡の前で身づくろいしていると、新婦のお父様が入ってこられた。

先ほどの結婚式でお父様が新婦をエスコートする際、緊張で歩調が合わず新婦が微かに苦笑するところを見ていたから、チラっと横顔を見てすぐに新婦のお父様と分かった。
お父様は見た感じは静かな佇まいの紳士で、地味だが誠実そうな人柄がその表情から見て取れる。
チャペルでは指輪交換をする愛娘を見つめながら、人目を忍ぶようにそっと目頭を押さえておられた。

「新婦のお父様ですね。本日はおめでとうございます。新郎の職場の者です。」
私はワインの酔いも手伝ったのか、気安く話しかけた。

お父様は祝い酒で少し赤らんだ顔に優しそうな笑みを浮かべて深々と頭を下げられた。
「有難うございます。娘もやっと良い方に出会うことができまして、ほっと安心しております。」

私は部下である新郎を少しでも立てようと気を遣い、
「K君はかなり寡黙で不器用な男ですが、根はとても誠実な男です。ぜひ今後ともよろしくお願いします」
とフォロー感丸出しの言葉を発すると、

「いやいや、うちの娘にはもったいない素晴らしい青年です。」
お父様は優しい目で私をまっすぐに見据えて、しみじみとおっしゃった。

その声は落ち着いた調子だったが得も言われぬほど力強く、真正面から矢を射るように私の胸を貫いた。

私はその言葉を聞いて、新婦の父から大きな信頼を勝ち得ているK君にある種の羨望を感じた。
そしてこれから始まる二人の生活や親を亡くしたK君の行く末について、少なからず明るい安堵の情を覚えたのであった。