一人鍋の楽しみ

今年は例年に比べて寒さの到来がかなり遅めだが、12月の声を聞くころになると、
いよいよ本格的な鍋の季節だ。

私は鍋が大好きである。
鍋と燗酒さえあれば脳内が多幸感で満たされる。

家族でワイワイ囲む鍋も美味いが、独り日本酒を嘗めながらつつく鍋も風情がある。
湯気のなかでかすかに揺れる様々な具をポン酢に浸し、素早く口に運ぶ。
もみじおろしの酸っぱい辛味ときざみネギの香りが鼻腔に拡がり、それをぐいと酒で流し込む。
まさしく至福のひと時である。

牡蠣や河豚や鮟鱇などの海の幸の鍋は旨みたっぷりで、食べるたびに日本人に生まれた喜びを実感する。
しゃぶしゃぶ、水炊きなどの肉系も鍋にすると重さが無くなり、すいすいと胃袋に入ってくる。
すきやきは量を食べるとしつこいが、時々無性に食いたくなる鍋だ。
生卵が絶妙に肉に絡むあの美しい映像は夢に出てくるほどである。
何だか体が元気になる気がする

この季節、私はどこの店に行っても鍋を頼みたくなるのだが、一人前から頼めるところがそれほど多くないのが残念である。

日本では単身世帯が増加し、全世帯数の3割を超えているというのに、なぜ鍋は「二人前から」という店がまだまだ多いのか。
商売的にいろいろ非効率なのはわかるが、何の心咎めもなく堂々と宣言しているところが何だか腹立たしい。
しかも一人前から頼めないシステムにも拘わらず「一人前1,000円」と表記するのは何故か。
そのほうが安いと客が錯覚するからか?
「二人前2,000円、追加1人前ごとに1,000円」と書いとけ、バカ!
と、年甲斐もなく興奮してしまう私は大人げないか?


家の近所にかなりレトロな風情の居酒屋があり、最近ちょくちょくそこに通っている。
刺身も天ぷらも揚げ物もある、ごく普通の大衆居酒屋であるが、実はどれもあまり美味しくない。

刺身もとりたてて新鮮というわけでもなく、コロッケや唐揚げも悪くはないが味に深みがまるでない。
天ぷらに至っては衣がまるで豚足のように分厚く丸まって、見事にカラッと揚がっていない。
こんなもの客に出すか?と思うくらいの代物である。

ではなぜこんな店に通うのか?

実は鍋を一人前から頼めるからである。

私は毎週末に通っている音楽教室のレッスンが終わると、午前11時過ぎにその店のカウンターに陣取り、ぬる燗二合と湯豆腐を頼んでチビチビやりながら一週間の疲れを癒すのが最近のお決まりになっている。
この店の一人鍋は牡蠣鍋、カニ鍋など五種類ほどメニューがあって、私も一通り食したが、今は湯豆腐に落ち着いた。
子供の頃は「湯豆腐」なんてものを食べてる大人をまるで宇宙人を見るような目で見ていた私であったが、今はすっかり一端の大人になってしまった。

オヤジの一人酒のお供にはシンプルな湯豆腐がよく似合う。

鍋の中で豆腐がクラクラしてきたら食べ頃ですよ()