伯父さん

私の母方の伯父さんはちょっと変わった人だ。

私は小学生の頃まで学校の休みを母親の実家で過ごすことが多かった。

母親の姉と兄はどちらも結婚せず、東大阪市の実家に二人一緒に住んでいたから、私は

毎年小学校の夏休みに1週間ほどそこに預けられていた。

私がそこで夏休みを過ごすことを好んだからであるが、母の方も私がいない間は、
少なからずゆっくりできるので、お互いの利害が一致していたのだろう。

そういうわけで私は夏休みの間にじっくりと伯父さんの生態を観察することになる。

伯父さんはまず朝は起きると、コーヒーとパンの朝食をとりながらNHKのニュースを視る。

ニュースを視ながら、「へぇ~」とか「ほんまかいな」とか大きな声で独り言を言うのがクセである。
そして時々叔母さんに向かって「おまえ、これ知ってるか?」と聞く。

 

伯父さんは公立大学でフランス文学の教授をしていたので、講義がある日は朝食のあと大学に向かう。

もちろん大学に行かない日もある。

その時は「勉強の時間」と称してすぐに二階の自室に上がってしまう。

 

私は叔母と妙に気が合ったため、母の実家に滞在している時は殆どの時間を叔母と過ごすことが多かったが、伯父さんは食事の時間以外は殆ど自室に籠っているため、あまり多く会話することがなかった。

ふつう久しぶりにカワイイ甥が遊びに来たら、もう少し時間を割いても良さそうなものだが、伯父さんはその辺は実にドライであった。

自分の時間を何かのために犠牲にするという気がさらさら無いように見えた。

 

夜は夕食時に一合きっかりのお酒を楽しみながら、やっぱりNHKのニュースを視る。

そしてご飯を食べたあと薬を飲んで、そそくさと二階へ上がってしまう。

若いときに酒を飲み過ぎて肝臓をやられてしまい、それ以来ずっと薬を飲んでいると本人から聞いた。

だからお酒は一合しか飲めない、というかドクターストップがかかっているのだ。

 

伯父さんは文学部の教授らしく、いわゆる芸術が大好きで、美術館などにも頻繁に行っていたし、演劇や歌舞伎にも造詣が深かった。

伯父さんの部屋の隣の書庫には山のような蔵書があった。

また神社仏閣を巡るのも趣味で、私も何度か京都や奈良へお供させられた。

その時に撮ったモノクロ写真が古いアルバムに残っている。

伯父さんはどこへ行くのも単独行動が基本である。

自分の行きたいところへ億劫がることもなく、軽快なフットワークで出かけていた。

「俺は今ものすごい美人とつきおうてるんや。もうすぐ結婚するからな」と伯父さんはことあるごとに声高らかに宣言していた。

現在伯父さんは齢九十を超えているはずだが、今もって嫁をもらったという話は聞こえてこない。

 

私がまだ20代の頃、占い師に鑑定してもらう機会があり、その時にこう言われたことを鮮明に覚えている。

「あなたはあなたの伯父さんと似た人生を歩む傾向がある。もしあなたがそうなることを望まないなら、人生の節々で意識的に伯父さんとは違う選択をしなければいけないですよ」と。

残念ながら、現在の私の状況から鑑みて、あの占いは的中したようである。

本が好きなところも、絵画や歌舞伎が好きなところも、マイペースな性格も、ぼっちが好きなところも、酒が好きで肝機能に障害があるところも、ハゲなのも伯父さんにそっくりだ。

そして、一度も結婚することなくずっと独り身なのも。。。

ということはどうやら私も、周りから「変わり者」と言われ、類まれな「ぼっち力」を発揮しながら、マイペースで元気一杯90過ぎまで長生きするのであろうか?

休日の夜に一人でぼんやりそんなことを考えていると、何か暗澹たる気分になってきたので、一杯飲んでさっさと寝ることにしよう。

伯父さんのますますの長寿をお祈りしながら。。。