亀有でハッピーになった日

5月のある平日の夕暮れ時、JR常磐線「亀有駅」に降り立つ。

西日のまばゆい光に包まれている駅前は多くの人で賑わいを見せているが、
その雑踏のなかにも何故だか、一種のどかな風情が漂っている。
亀有は庶民の生活感に溢れた、まさに「下町」と呼ぶにふさわしい街である。

私が日頃全く利用することのない、言わば生活圏外にあるこの駅を訪れる目的は
ただ一つ、『居酒屋ハッピー』に行くためだ。

ここ数年、会社の後輩のT君と定期的にハッピーで会食をするのが慣例になっており、本日は約1年ぶりのその宴の日である。

今日のメンバーは私とT君のほかに、気の置けない会社の先輩Mさんと、T君の部下の女性Kさんの計4名である。
料理はT君が事前に「すっぽん鍋コース」を予約してくれている。

私が集合時間の18時きっかりに店内に入ると、すでにT君が一人座敷席に座り、ビールを飲んでいた。

「やぁ、早いね。」
「あれっ、先輩こそ早いですね。てっきりお見えになるのは一番最後かと思いましたよ。」
「あとの二人は遅くなるのかな?」私は少し心配になって尋ねた。
「Kはあと10分くらいで到着するとメールがありました。Mさんは仕事が立て込んでいるらしく、到着は19時前になるようです。」
「あはは、それじゃ料理がなくなっちゃうね。」
私は笑いながら座敷席の薄っぺらい座布団に腰を落とした。

テーブルの上にはすでに彩り豊かで豪勢な料理が並んでいる。
前菜の「鮟肝」に、器に山盛りの大ぶりな「ツブ貝煮」、「刺身の盛り合わせ」、「ウニ箱」、「玉子焼き」、ボイルされた「毛ガニ」、「イカの姿焼き」などが所狭しと並べられており、壮観な眺めである。
そして卓の真ん中には、すっぽんが入った鍋が厳かに鎮座している。

私とT君は、刺身や毛ガニには手を付けず、鮟肝とツブ貝煮をつまみに、飲みながらあとの二人を待つことにした。

しばらくビールで喉を潤しながら二人で談笑していると、ほどなくKさんが到着した。
「すいません、遅くなっちゃって。」
「やあ、いらっしゃい、どうぞこっちへ。」
初参加のKさんを迎え入れると、いよいよ本格的に宴のスタートだ。

改めてビールで乾杯をし、刺盛りに手を付ける。
あじ、タコ、いさきなど、どれもコリコリとして新鮮である。
しかも小ぶりに切ってあるので食べやすい。粋な心遣いだ。

ねっとり濃厚なウニも風味抜群で、「コレ、海苔で巻いたら絶対美味い。。。」
この時ほど強烈に海苔が欲しいと思ったことはなかったかも。

会社ではT君とKさんは同じ部署にいるせいで、その部署の問題児(・・・と言っても
60過ぎたオジサンらしいが)の話題で盛り上がっている。
口ばっかり達者で、全然役に立たない人で、たまに仕事してもミスが多いらしく、
今日Kさんが遅れたのも、どうやらそのオジサンのミスが原因らしい。

さて次に、私は見るからに立派な毛ガニを攻めることにした。
まずは事前に包丁で切れ目を入れてある、かなり太い足からいただく。
毛ガニでこの足の太さはこれまであんまり見たことない。
カニスプーンでたっぷりの身を皿の上にほじくり出し、一気に口に入れる。

「うまいっ!」
みずみずしいカニの旨みが口の中で一気に拡がる。
冷凍モノによくあるパサパサ感がなく、味も濃い。
胴の部分もぎっしり身が詰まっており、驚くほど食べごたえがある。

「こんなグラマーな毛ガニ、初めて食べた。」
初訪問の二人も黙々と手を動かしながら、堪能している様子であった。

そうこうするうち19時前にMさんも無事到着、やっと全員が揃う。
私もビールから冷酒にチェンジし、臨戦態勢に入る。

よし、いよいよメインの「すっぽん鍋」の時間だ。
おもむろにコンロに火を入れ、準備に入る。

すっぽんの身は既に前もって煮てあり、ある程度出汁が出ている状態であり、
そこに白菜やネギ、生シイタケなどの野菜を投入していく。
一通り具材を投入すると鍋に蓋をして、あとは頃合いに煮立つまで待つばかりだ。

「もういいんじゃないかな?」
鍋の蓋を開けたT君の言葉を合図に、みんな一斉に箸を構える。
辺りに一気に出汁と生姜の何とも言えない良い香りが漂う。
鍋に箸を入れると、すっぽんの肉がごろごろ入っているのがわかる。
もちろんいい出汁が出ると言われている甲羅もちゃんと入っており、甲羅の周りには
煮凝り状になったコラーゲンがへばりついている。
Kさんがこのコラーゲンを箸で器用に剥がしながら口に運んでいるのを見て、思わず笑ってしまった。
女性はみんなコラーゲンが大好物なんだろうなぁ、きっと。

白菜、ネギ、豆腐が滋養に溢れた黄金のスープをたっぷり吸い込み、より一層美味くなってくる。
椎茸もこの魔法のスープで別次元の美味さになる。
みんな箸が止まらない。
もうどうにも止まらない。
あっという間に全員が締めの雑炊まで平らげてしまった。

ふと気がつくと、時間はもう22時になろうとしている。
いやー、よく食べ、よく飲んで、よくしゃべった。
もうお腹パンパンで動けない、大満足である。

そしてお会計も大満足。
何とこのコース、そもそも料理の値段が一人3,500円、これに酒代+税である。
すっぽん鍋で、これだけの料理の量と質である。
本当に信じられない、驚くべきコスパである。
この日はコース料理以外に単品もいくつか頼んで、酒もあれだけ飲んで、一人
7,000円弱であった。

「これはスゴイお店ですね、遠くてもわざわざ来る価値ありますね。」
ハッピー初体験の二人も心から満足したようで、何かとても良いことをした気分に
なった。
このハッピーという店こそ、間違いなく亀有の名店であり、そして良心の象徴である。

帰路駅前の両さん像におやすみの挨拶してから京成バスに乗り込み、座席に身を沈めた。
途端に私の全身は心地よい睡魔に襲われて、意識が遠のいていくのを感じた。。。

(訪問日)2018年5月22日

ハッピー お店情報

ジャンル 居酒屋
最寄駅  JR亀有駅北口  徒歩3分
電話   
03-3620-6654
住所   
東京都葛飾区亀有5-28-6
営業時間 
16:30~23:00
     最終入店21:30まで
定休日  
日曜・祝日
その他  
カード不可 全面喫煙可

<em>東京都 葛飾区 亀有 5</em>-<em>28</em>-<em>6</em>