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依存症という病

先ごろ著名な辛口コラムニストが急死したニュースが盛んに流れていた。
死因はアルコール依存症による急性肝不全とのこと。
どんなに自分の体が壊れても、ついに酒をやめられなかったということだ。

女性有名タレントが飲酒運転で人をはねたという事件も原因の根っこは同じであろう。
普段からキッチンドリンカーであったらしい。

私にも、勤めている会社で、アルコール依存症の人間が自分の部下になった経験がある。
その男は十数年前から顔見知りで、たまに営業本部の飲み会などで顔を合わす程度のつきあいであったが、当時は全く健常な活発な男だった。
美しい奥さんとカワイイ息子と3人でオシャレなマンションで暮らしている幸せそうな様子が、もらった年賀状から見て取れた。

その後私の部署の異動などもあり疎遠になってしまったが、何年かぶりで私の部署に異動してきたときには、もはや以前の彼とは別人だった。
身体はひどく痩せ、顔色はまさしく土色で、以前の生気はどこにもなかった。
口元は心なしか緩み、滑舌も不明瞭になっていた。
噂では、行く先々の上司から厄介者扱いをされ、様々な部署を転々とさせられているらしいという話を聞いた。

彼は毎日会社には来るが、いつのまにか席からふっといなくなってしまう。
近くのコンビニに飛び込んで酒を買い、公園のベンチで飲み始めてしまうのである。
とにかく飲みたいと思うと我慢ができないのである。
しばらくすると席に戻ってくるが、当然酒くさいので、「おまえ、酒飲んだだろう?」と問い詰めると、「いや、飲んでない」と言い張る。
何の後ろめたさも悪気もなく、あからさまな嘘をつくのである。

ある時は職場で突然激しいアルコール性のてんかん発作を起こしたこともあった。
私もそれまでてんかんの症状を見た経験がなかったので、その凄まじさにひどく驚いたが、職場の人間も同様で、彼が浮いた存在になるのに時間は掛からなかった。
仕事を頼んでも完遂できないので、もはや勤め人としてはまともに機能していない状態であった。

彼の両親も心配され、依存症患者専門の治療施設に入院させて、退院後も定期的に通わせていたのだが、ついに断酒をさせることはできなかった。
そしてほどなくして自宅で突然心臓発作を起こし、あっけなく亡くなってしまった。
まだ50歳になるかならないかという若さであった。

依存症には本人が自分の意志で自分の行動をコントロールできない状態になってしまい、社会から孤立してしまう辛さがあるが、同様に何とか救おうとする家族や周囲の人々にとっても、心身ともに疲れ果ててしまうほどの辛さがある。

彼の葬儀の日、敬虔なクリスチャンであるという彼の年老いた父親のどこか泰然とした様子を見たとき、私は胸が締め付けられる思いがした。
長い間にわたって息子を救おうとして、幾度も裏切られながら懸命につくされてきた苦労や、それがついに報われなかった虚しさ、やるせなさを思うと、かける言葉を失った。
わが子に先立たれる例えようのない無念さが、心に染み入るように伝わってくる。

どうしてこんなことになってしまったのか。

ある時から子供の問題で夫婦関係がうまくいかなくなって別居状態となり、彼が家族から孤立していたという話は仄聞していた。
いろんなことが彼の心を傷つけたことは間違いないと思うが、なぜそこまで自分自身の体をも傷つけるに至ってしまったのか、本当のところは彼にしかわからない。
いや、実は彼にもわからなかったのかもしれない。

他人である我々が唯一わかる事は、依存症という病気が、本人を始め本人を取り巻く多くの人に対して極めてやりきれない、悲しい結末をもたらすという事実だけだ。

依存症は決して他人事ではない。

最近はアルコールだけに限らず、薬物、ギャンブル、インターネット、スマホ、ゲームなど様々な依存症が現代人を地獄に引きずり込む可能性がある。

私も休日などは昼からテレビを観ながらだらだら飲酒をすることもけっこうある。
気付かないうちに、自分で酒量をコントロールできなくなる領域に入ってしまうかも知れない。
特に独り暮らしの人間は、飲みすぎを止めてくれる人がいないので危険度が高くなる。

「俺もこれから定年退職して家にいる時間が長くなると、寂しさと暇に任せて毎日酒三昧の生活に溺れるようになったりして。。。」などと考えると、我ながら不安になってくる。
そしてその不安をまた酒で紛らわしたりしてしまうのかもしれない。

辛いとき、苦しいときに何かに依存したくなるのは人間の性である。
しかし過度の依存は身を滅ぼしてしまうことになりかねない。
人間はごく平凡に、普通に生きることが一番難しいのだ。

先のことをあれこれ心配し過ぎても詮無いことではあるが、淡々と、自分の分を弁えながら、何物にも過度に依存しない心の強さを持って生きていきたいものだ。

だんくろー

ごくごくフツーの会社員。 仕事はほどほどに、Sax演奏、一人旅、飲み歩き、歌舞伎鑑賞、読書をこよなく愛す。 老後は「旅をするように生きる自由人」になるのが夢。

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